真の武道とは

 先日、「道」の最新号の「今、届けたい言葉」での版画家の名嘉睦稔氏と
 宇城憲治氏との対談の中で老生の思いと同調・共感する言葉を要約したい。
 老生の心に届いた言葉は:
 昨今のスポーツ空手の世界大会の組み手を見ていると、顔を打てないので、
 みんな胴や足を打つ。それは頭は危険だし、防具を付けていないからだと
 思うが、体力勝負の様になっていて、そこには一撃必殺などの武術の要素
 見られなくなっている。真剣であれば、ちょっと触れただけで命にかかわる。
 そういう危険性をはらんだ中で、命をかけて相手を制していく。
 それが武術の肝要なところで、そのためにはが大事である。
 今は武道そのものが競技武道になっていますから、あえて私は「武術」と
 言っているのですが、武術の原点はやはり江戸時代の真剣勝負のあり方です。
 競技武道は、「はじめ! やめ! 判定!」ですが、刀だったら、やれば
 どちらかが傷つき、命に関わるわけで、できれば戦う前にけりをつけたい。
 ですから勝ち方においても、
  「打って勝つは下の勝ちなり、勝って打つは中の勝ちなり、戦わずして勝は
 上の勝ちなり」という言葉が残っている。
 この最後の「戦わずして勝つ」の術技を可能にするのが「気」なんです。
 気は細胞と会話ができるので、細胞の時間、すなわち100万分の1秒の
 スピードで先をとる事が出来るのです。これは意識して出来るものではない。
 「気はどうしたら使えるようになりますか」と良く聞かれるのですが、
 自転車に乗るのに、筋トレも教科書もいりません。
 こけることの繰り返しで身体が勝手に覚える。それと同じです。
  
   意味深で難解しかし分かるような気がする言葉である。

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