テーマ:人生

明けて四日目、一日遅れの初詣

 今朝は9時に目覚める、これでは10時からの初稽古には間に合わない。  昨年、一昨年と3年連続参加出来ていない。また昨日3日の道場の新年会にもここ数年ご無沙汰である。  昨日のライスボウルは外国人の活躍が光り、盛り上がりに欠ける試合内容で、はらはらする場面もなく勝負が決まった。社会人のチームには最近外国人の選手が増える傾向の様である…
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究極の教え「武術における間」

 合気道の稽古では、相手との【間】の取り方が非常に重要な事であると気付き、それなりに捌きと動きに工夫を凝らし、老生なりに研究はしているが、合気ニュースの記事の中に、偶然にも【間】についての適格な記述があり、次の通り書き留めた次第。  内容は、  江戸時代に見る剣術の世界では、この【間】の修業は究極であり、その間に入らなければ見えてこ…
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宗教とはなんぞや

 昨日のマイスター教室は、真言宗中山寺派管長・大本山 中山寺長老の村主康瑞猊下の講演。  第一部13:00~「宗教とはなんぞや」、第二部15:00~「命のゆくえ」と題目を分けての講演であった。  老生は二部の講演も聞きたかったが、女房が昼食を食べずに待っているので帰る事にした。  講師が学生時代に、宗教とは?とある名物教授に質問し…
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【霜降】、早や晩秋、そして【人生】を考える

 神無月に入って1日と12日に雨が降ったが、ずっと秋晴れが続いている。  天気予報では来週の27日の火曜日に雨マークがついているだけである。  今日は二十四節気の【霜降】で、「晩秋となり冷たい霜が降りる頃」となっている。  秋気ようやく去って、各地で朝霜を見はじめるとの事ではあるが、今日の日差しは早秋を思わせて暖かい。  この天…
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人生、当たり前のことに返る

 この文は元㈱大和銀行の寺尾会長の遺訓「五十則」の第一番目に書かれている文である。  『自分の一生は自分で創造するものであるから人間は誰でも自分の一生に対しては、自分が責任を負わなければならぬ。しかも人生はやり直しは絶対に出来ない。毎日悔いのない人生を送るよう心掛け、自分の言動には自分で責任を負うこと。』  この「五十則」は手帳にな…
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人生の贈りもの

 朝日新聞の夕刊に、『人生の贈りもの』と云う連載コラムがある。5月14日から水野弥一氏(元京大アメフト部監督)の連載が始まった。  水野氏とは老生の方が学年は下だが、大学時代には試合で戦った事もあるし、また関大のグランドで一週間程一緒に練習もした事がある。そして同じく指導者として何度か対戦している。  水野氏の情念と人生に対する「勇…
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老生の信条

 『一期一会』と『自然流』は老生の信条としている事であり、人との交際、自分自身の生き方の基盤に置いて来た。平たく言えば、「ご縁を大切に、去る者は追わず、来る者は拒まず、自然にまかせる。」と云う事である。  特に健康面では、「快食、快眠、快便というものを、あまり意識しない事。言い換えると病気になりたくないと、願わない事、全てをあるがまま…
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些事こそ、人生そのもの

 ブログを始めて半年を越え、最近アクセス数が非常に気に成り出した。人に見てもらう為に始めたのでは無く、老生の人生における生き方、考え方、所謂哲学を見出す為に挑戦したつもりが、些細なものに囚われだした様だ。    天童が言った。   「悟りに至らない者は、この世のあらゆるものに囚われる。」  雲門禅師が答えた。   …
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人生の主題

 昨日に書いた『人生の主題』について、以前に書き留めていた文章を思い出した。これも出所不明である。 『主題ある人生を送るためには、人生は単純であるべきだ。余計な事に構わずに、ただその目的のためにだけ生きよ。 われら凡愚の徒は生きている間だけが生きている証なのだから、生きる事においてだけは充実したい。他人がなにかしてくれるのを待っている…
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