変わらぬものは「合気道の心」

 昨年、前回の非常事態宣言が解除されてから、我が道場では少年部の稽古で木剣の素振り、体裁き、受け流し等を稽古している。一般部も同様。
 老生は非常によいことだと喜んで稽古している、研鑽すればするほど、合気道は剣術から進化したものと断言できると思う。
 数年前の「どう出版」に紹介されていた西尾昭二師範の言葉として、
 次のように:  最近の合気道界をみますと、合気道は武道でありながら、「武道の根元は武術にある」ということを忘れたか知らないのか、その技法の中に武道性をまったく見ることができず、「合気道は剣だ、また投げは当てだ」というだけで、その説明もなく、なかには当てや武器技は必要ないという者さえ出てきている状態で、今やまさに合気道は老人婦女子の健康法となりさがっております。私は「武道の価値は他武道との比較において決まるものである。
 小器用に合気道の一教、二教ができても他に通じなくては駄目だ」と私のところに来る人には言っております。
 武道の技に悠久不変の技はない他が変われば当然、それに対応して変わっていくものである。変わらないものは開祖の示された「合気道の心」である。と、西尾師範は述べておられる。
 そして、開祖の言葉:
 「この手に剣を持てば剣に、杖を持てば杖に、あらゆる再現ができる」
 「勝負は触れ合う前に終わっているいるのだ」
 「合気道は万有愛護生成化育の道である)
 開祖の言葉の実践に取り組まれている尊敬すべき先輩。あやかりたいものである。


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