【 先生】と呼ばれて

 もう【先生】と呼ばれて今は殆ど抵抗は無くなったが、少年部を指導し始めのころは面映ゆい思いをしたものである。
 先週の日曜日には、指導者研修会と銘うった合同稽古にも参加して修了証を頂き、証書は既に数枚になっている。
 振りかえって見れば、60歳の誕生日に母の介護の為に定年退職を決断した時には、ただ母の事だけしか頭になく切羽詰まって止める声も聞かず会社を辞めた。
 退職後は母の見舞いと病院通いの付き添い等に明け暮れ、2年程経って自分の人生も少し考えられるゆとりが出来、偶然に合気道に出会ったのである。
 色々と【先生】と呼ばれる職業もあるが、指導すると云う立場は誠に畏れ多い事である。 
 特に前途に素晴らしい無限の可能性を秘めた子供達の才能を自分の思い込みで芽を摘んでしまわないか、常に心して臨まないといけないと思っている。
 今、開いた門に首を突っ込んだ状態ではあるが、大人の人達にも子供達にも【先生】と呼ばれて恥ずかしく無い様に精進したいと思う。
 

この記事へのコメント

nomnom
2016年03月02日 22:40
いや素晴しいこと.精進の賜物、わたしも見習いたいです石崎先生みたいに.
2016年03月03日 15:25
恐れ多い事です。

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