冬至、明日から一陽来復だが

 今日は、ゆず湯に浸かり万病に備える風習もある、二十四節気の【冬至】である。
 明日から一陽来復、日脚が伸びて世の中が明るくなり、何かを期待する様な不思議な気持が生じてくる。
 しかし、年末年始の準備と年賀状の作成には今一つ気持ちが入らない。
 特に年賀状は虚礼廃止の言葉が頭の隅にあり、年々枚数は減らし、締切までには投函して来てはいる。
 今年は思い切って昨年の半数にするつもりで、年賀葉書を買い込んだ。が、未だ手付かずの状態で気が重い。出す出さない人の選択で悩みもあり、基準を決めて決断する事にした。
 インターネット等の通信手段の発達で瞬時に友人・知人の消息が分かる世の中である。
 そして、この年賀状の習慣は古いといっても、明治時代の1873年に葉書が発行されてから年数を掛けて一般化されたものであり、日本の文化としては新しいものだと思う。
 色々と情報を得ると、出さないで自然消滅させる手が一番無難なようであり、老生もそれに従い無くして行きたいと思う。

この記事へのコメント

現実主義者
2015年12月24日 01:40
俺も年末の「良いお年を~♪」に対して「俺に言うんじゃねぇや!」「何を夢見てやがんだ!」とムカつくだけです。

俺はもう出身高校や大学の評判やレベルからして、大津の自殺事件の加害者一家や滝川高校の自殺事件の加害者より遥かにクズで無価値な人間でいてなきゃ仕方ない運命の男だと悟った人間ですから…。

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